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                 画:黄 炯韜

目  録

前言 中華偉大 願和平 死生老病
戀慕佳人 四時吟 三元試筆
閑吟 旅游 回文詩 同工異曲・賞櫻花

前 言

萬首詩中三百篇 前言


 
萬首詩中三百篇 前言

 わたしは50歳の半ばで漢詩を書き始め、6年と10か月で1万首の詩詞を書きました。1997年に4月以降の8か月で約50首、98年に450、99年に1400、2000年に1300、01年に1600、02年に2700、03年に2000、そして04年の今年は1月に600。1万の内訳は、おおよそですが、詩(絶句・律詩・古詩)が2000、詞曲が5000、漢俳・漢歌が1500、中山榮造先生提唱の新短詩(曄歌・坤歌・瀛歌・偲歌)が1500です。この数、決して少なくはない。
詩はもとより数ではありません。しかし、わたしは純粋な日本人です。漢詩を書くためには、日本語の漢字にはない韻・平仄に習熟しなければなりません。そして、そのためには、多作が一番。古人の佳作をいくら読んでも韻・平仄は頭に残りません。一方で、辞書の単語のまる暗記のごとき学習が有効とも思えない。
 そこでわたしは、極力たくさん書く、できるだけ早く書く習練をしてきました。しかし、もとより人は、詩を書くために生まれてきたわけではありません。また、韻・平仄に習熟することが、とりわけ風雅なことでもありません。
なぜわたしが韻・平仄の習熟にこだわったかといえば、学生の頃からの思いとして、ひとつの言葉が常に脳裡にありました。「最初の一句は偶然、あとは必然」。大学の卒業論文に選んだポール・ヴァレリーの言葉です。わたしもそういう風に言葉をハンドリングしてみたい。そう思い続けてきました。
 しかし、人の心を揺り動かすような深い感動や詩情、さらには言葉に対する感性に乏しく文を錬る天性にも恵まれないわたしのごとき凡才には、テニオハを駆使すればどのような言葉も勝手に結びついてしまう日本語のなかで、その「必然」を見つけ出すことはできませんでした。たまたまながめていた漢和辞典で、絶句・律詩の「詩譜」を見つけることがなかったら、生涯、その「必然」を見つけることはなかったでしょう。人生50年を過ぎて初めてわたしは、「詩譜」が示す平仄の図に、言葉を選び取るひとつの「必然」を見つけたのです。
もちろん、韻・平仄、とりわけ平仄に則って言葉を紡んでいくということが、必ずしもヴァレリーのいう「必然」のすべてではないでしょう。しかし、最初の一句の平仄が決まれば二句目、三句目の平仄が自動的に決まり、その平仄に合わない語は採用することができないという句作り上の規則は、厳格にそれを守るならひとつの「必然」であり、完成です。そして、平仄が要求する詩表現上のこの完成は、もちろん日本語は要求しないし、西洋の詩でも要求されないものです。
しかし、その要求がないことは、決して楽ではありません。ある語を選ぶ、どうやってその語を選ぶかということを、多くの国の詩人は、みずからの語感を頼りに進めていきます。つまり、平仄という必然がない部分を、詩人は、みずからの天才によって補わなければならないのです。
中国古典詩の「平仄」は、通常であれば詩人の天才によって補わなければならないその空白を填めるものです。漢語として意味が通るように書く必要はありますが、そのうえで平仄に則って語を選びさえすれば、どのような凡人であっても、いちおうは詩として通用するものが書けることになります。「凡人」というより、わたしのようにろくに中国語を話せない、聴いても理解できない「純粋な」日本人でも、中国人から「流利・流麗」だといわれる文、すなわち詩を書くことができるのです。
ヴァレリーがいう「必然」には、詩作りにあたって、天才の霊感によってではなく、数式を正しく解くようにして語を選んでいくという響きもあります。霊感は天才にしかないが、数式にはだれが解いても正しい答えは同じ解でなければならないという普遍性すなわち「必然」があります。「平仄」に則った詩作りは、この数式を解く書き方に限りなく近いものに思えます。限りなく近いという言い方に誇張があるというなら、他の民族の詩、他の言語による詩作りとの比較で、中国古典詩は、いちばん数式を解くのに近い書き方ができるいえば嘘がない。
 中国の詩には、1000を越える定型詩を生み出したという豊かな歴史があります。宋の時代にさかんになった詞、元代の曲。あわせて詞曲ともいいますが、そこに見る定型詩の数の多さは、人類の定型詩の歴史のうえで、特筆すべきものです。なぜかくも多くの定型詩を作りだせたのか。数の秘密は、一句の字数が異なる長短の句を自在に組み合わせることによって、多くの定型詩型を生み出した点にあります。これらの定型詩が具体的にどういうものかは、この小冊子でその一部をご覧いただけます。拙作の題に「十六字令」「水調歌頭」「八声甘州」「六州歌頭」「斉天樂」「鶯啼序」などと頭書してあるものを詞牌といいますが、そのどれもがそれぞれに固有の平仄、つまり「詞譜」を持つ定型詩です。わたしの仮説ではありますが、これらの「詞」が定型詩として定着し、今も書かれ続けているのは、平仄があってはじめて可能なことだと思われます。なぜなら、もし平仄がなければ、長短の句を自在に組み合わせるという句作りは限りなく散文詩・自由体に近いものとなり、定型化するはずがありません。
 わたしが韻・平仄の習得にのめり込んだもうひとつの理由がここにあります。この豊かさ、あえていえば生産性。平仄によって凡人を詩人に変え、平仄によってあまたの定型詩型を生み出した中国詩詞の生産性。日本人であり、しかも凡人であるわたしが6年と10か月で1万首の詩詞を書いたという実績は、その生産性の証左にほかなりません。
 もとより詩の生命は、その芸術性に求められるべきであるかも知れません。そして、どの民族にも豊かな詩情があり、どの言語にも優れた詩があります。中国詩もまた、作品の完成度という点では、これまでわたしが述べてきたこととは別のところにあるに違いありません。しかし、わたしは日本人です。そして、中国詩がもつ豊かな可能性を拓いて行く芸術上の成果は、当然に中国の人々に帰するものです。わたしにできたことは、韻・平仄の習得・習熟のために書かれた一万首の習作によって、中国詩がもつ「生産性」を例証すること。個々の作がどうこうということよりも、そういうことにわたしは、より多くの熱情と詩情を覚えています。
 しかし、それにしても一万から三百を選ぶのはたいへんでした。可笑、可以苦笑(お笑いください、苦笑でも結構です)。

 2004年9月 安康

石倉秀樹(鮟鱇)